胸のチクチク

今日は大した事ではないと思っていた言葉が時間の経過と共に胸に引っ掛かるようになった…仕事の休憩中にある人が「動物を殺してその肉を食べるのはどうかと思う?」という言葉を私に投げかけたのだ。

正直に言って悪いが獣による農業被害の実情も何も知らないうわべだけの動物愛護的な話にはウンザリしている。まともに相手にするだけ時間の無駄である。その手の話に関しては「またそーいう話ね、ハイハイ」的な感じで流すのだが今日は胸に棘が刺さるようにチクチクと思い出す。

個人的な意見だと思えばそれまでだがその方は20代の女性である。世代的に考えて同じ意見に賛同する人々が多数いるという事で間違いないだろう。

猟師になると覚悟を決めた以上、このような逆風に晒される事は覚悟していたので今更ショックは受けないが、自分がこのジャンルに興味を持ち2年以上の歳月を掛けて鳥獣管理士たる資格も取得し罠、銃の狩猟免許も取得した。その動機の源には少なからず生まれ育った地元に対する恩返し的な考えもあった。地元は高齢化が進み空き家が増え、野生動物が進出してくるようになったからだ。いくら私1人が猟による圧力を動物に掛けても農業被害は根絶出来ないと思う。だがハンターの高齢化、減少が進む中で地元に1人もハンターが居なくなったらどうだろうか?動物のやりたい放題を誰がどうやって防ぐのだろう。ハンターが「1人もいない」のと「1人しかいない」では全く意味が違う。農家は自衛策として電気柵やワイヤーメッシュにより田畑を防衛するが刈り払い等の手間も掛かり維持管理に大変手間が掛かる。それに獣が来ると分かっていても狩猟免許を持っていなければ捕獲は出来ない。

なぜ猟師は少子高齢化、空き家増加の時代になって存在価値が見直される中においても、なぜ偏見を受けるのだろう…増え過ぎて人間の生活を脅かすようになった「害獣」と呼ばれるシカやイノシシの個体調整は国の方針もあり絶対に必要な事なのに…猟師って目立ち過ぎると叩かれ何も言わないと、都合よく使われる。世間的には「平気で動物を殺すキチ○イ野郎」とでも思われているのかな?殺めているのは確かだけど人間の生活を維持するためにやっているという事を知って欲しいです。街中に住んでる人には分からないかも知れないけど「猟師は絶対に必要」なんです。私は誰に何を言われても絶対に猟師を辞めない!

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